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JOBISHAの素

滋野裕子(常務取締役) 滋野裕子
(常務取締役)
入社1970(昭和45)年
仕事内容 総務部、財務関係(会社財産の有効運用)・新規顧客開拓等
出身京都府福知山市
星座うお座
血液型O型(本人曰く、典型的なO型人らしいです)
性格 明朗、涙もろい、整理整頓がきらい、
いい意味で世話好き(いい意味って…)
特技デジカメで写真を撮り冊子をつくること、似顔絵(昔、社内報つどいで似顔絵を担当していたそうです)

「おおげさかもしれないけど仕事は人生だった」

昔は色んなことをやった。ひとつの仕事だけではなくオールラウンド、 はやい話がよろず屋さん。清掃の仕事が終わった後に、 当時スーパー内にあった浄美社の出店でホットドックや ジュースの販売(多角経営の一端)の手伝いもしていた。 そのおかげで多種多様な人と出会うことができ、多彩な経験を積み、人間的に幅が広がったと思う。

昔の浄美社はほぼ365日仕事という状態だったから、 おのずと会社の人達と居る時間が生活のほとんどの割合を占める。ハードだったが、 刺激的でワクワクする時間を過ごせた。夜仕事が終わりみんなでご飯を一緒に食べ、 熱く語り合い、休日には遊びに行ったりと家族的な付き合いだった。 仕事が人生であり、会社の仲間と生活を共有できた時代だった。

生活重点グラフ

昔に比べて変わったこと?
「感動が少なくなった」

私が入社した時、初任給が2万8000円、スーツが5000円の時代。 物をひとつ買うにしてもとても大変だった。だから、手にした時の喜びは、 今の若い人たちには味わえないものがあった。昔に比べて物のありがたみ(価値)が薄れてきた。

変わらないもの 「わたしは人が好き」

ビルは高層化し、設備の技術はめまぐるしく進化した。それに伴い清掃も機械を導入し、 より広い範囲をスピーディーに清掃できるようにもなった。 しかし人的サービスという点ではなんら変わってはいない。最後はやっぱり人でしょう。 お客様のために質の良いサービスを提供するという気持ちはいつの時代も変わらない。

現在、人との接触なしに物が買えたり、 友達関係になったりとコミュニケーションのあり方がずい分変わってしまった。 けれど、私は人と直接話す時のドキドキ・ワクワク感が好きだし、コミュニケーションこそが財産。

趣味をお聞きしたところ、デジカメで写真を撮っているとのことで、 作品を少し見せてもらいました。被写体はやはり人物でした。 あのバイタリティーの源は、もしや人のエキスを吸い取っているのでは… ギョ (私はすでに吸われました)